貴女はワタシの可愛い子猫ちゃん、ずーっとワタシの掌で踊り続けるのよ……。 亜土愛理にそう言われた時、私は全ての終わりを予感した。 遠くない昔、私の営業成績が悪く、今月一件も契約が取れなかったらクビになる。そんな崖っぷちの時、憂さ晴らしで酒に溺れ、何軒目かのBARでマスターに愚痴っていたとき、私に声をかけてきたのが亜土愛理だ。 愚痴をこぼす相手は誰でも良かった。酔っ払っていたからだいぶチグハグな話だったかもしれない。そんな私を疎ましがるわけでもなく彼女は優しい微笑みで私の話を聞き、なんと、その場で一件契約の約束をしてくれたのだ。 それから彼女との付き合いが始まり、数々、契約の締結や、得意先の紹介をしてくれた。みるみるうちに私の成績も上がり、会社の信頼も得られ、大きな案件、あまり大きな声では言えないような旨味のある案件などを任せられるようになった。そういった案件はまず彼女に持っていく。要するに彼女は、大の太客になったのだ。 そんな矢先、彼女から紹介された得意先に売った物件が、こちらの不手際で重大な規約違反を起こしたという事件が起きた。損失は莫大なものとなったが、愛理が間を取り持ち、手を廻してくれた。その話の中で、多額の請求書、その債務者欄に署名することを依頼された。彼女の「形式上だから実際にあなたに請求が行くことはないから安心して」という言葉を信用して、私の名前を書き入れた。そのせいもあってか、話は丸く収まり平穏な日が来ると思っていた……。 しかし、それは甘い考えで、実は規約違反諸々の話は彼女と反社会的組織が結託して創り出した詐欺話という事実が判明した。さらに、彼女が今まで紹介してきた得意先は全て反社会的組織の人間だったということも……。 上場企業がそのような輩と関係を持ってはマズい。私の将来にも影響してくるし、何よりサインした請求書が気がかりだ。彼女を問い詰めるとあっさりとそれを認めた。ヒラヒラと請求書を見せびらかしながら、冒頭の言葉を彼女は言い放ったのだ……。さらにはこれから督促状も送付するとの事……。 不敵に笑う愛理。嗚呼、あの笑顔は最初に出会った時、酔いで薄れていく意識のさなか、彼女が私に向けていたのと同じ……。 私の人生、搾取されたままで終わるのか……。お嫁にも行かないままで終わってしまうのか……。嫌だ、嫌だ、まだまだ私には明るい未来があるはずだ。こうなったら請求書と督促状を取り戻し、私を騙したあの女……。 ……亜土愛理を殺すしかない。 しかし、人の殺め方なんて知らない。ほうぼうの伝手を辿り「守屋 鄭(もりや てい)」という裏の犯罪コンサルタントの話を聞いた。彼に大枚をはたき、殺人の指南書を手に入れた。その指南書には様々な状況下での殺人を可能にするため、何通りもの殺害方法が記されている。それを可能にする為の凶器を用意した。 ちょうど今日、愛理から大切な人と会うので立会人になって欲しい、ついでに今後の支払いについての話もしたいと、別荘に呼ばれていた。 殺すなら今…….。多数の凶器を持っていくため、荷物も多くなってしまったが、完全な殺害には万全の準備が必要だ。 私は凶器を詰め込んだ鞄を手にタクシーへ乗り込んだ。